
鋳造期間が短い事でも知られていますね。
正徳小判の相場の価値価格の評価

もし発見した場合は、相当なお宝ですから大事にとっておきましょう
正徳小判が作られた時代
正徳小判の重さと大きさ
正徳小判の素材・材質・含有量・品位
1695年(元禄8年)、5代将軍・徳川綱吉の時代に、幕府の財政難を解決する目的で金の含有量を約30%も減らした低品位の「元禄小判」が鋳造されました。
徳川家康が最初に鋳造した「慶長小判」の金含有量が84%だったのに対し、「元禄小判」は56%しかありませんでした。
この結果、小判の流通量は増加し幕府の利益も増加しましたが、それと同時に物価も上昇し人々の生活を圧迫することになったのです。
そこで、時の朱子学者であった新井白石がこのインフレを抑えるべく、「元禄小判」を回収し「慶長小判」のような高品位の金貨を鋳造しようとしたのです。そうした目的で鋳造された「正徳小判」は金の含有量が84%とされています。
正徳小判の特徴・ポイント

まとめ
この「正徳小判」は手本にした「慶長小判」より金の含有量が僅かに少なかったこと(※当時出回っていた「慶長小判」は約86%と上がっていた)などから、様々な悪評が広まり、たったの4ヶ月で生産終了となってしまいました。
鋳造期間がとても短いので希少小判とも言えますね。


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